■別件逮捕勾留/余罪取調べ

 先日、ひどく気になる刑事裁判の記事に接した(毎日新聞05年1月29日(地方版)23頁)である。。
「高知の強盗殺人/72歳男に無期懲役−地裁判決/高知」
 本文を読みながら、「またか、、、」という思いにかられる。長いが記事を引用しておく。

シドニー市ロック警察署屋上から

 「高知市で02年11月、知人の男性を殺害して現金を奪った強盗殺人などの罪に問われていた高知市十津・・・、無職、H・K被告(72)に対し、高知地裁の永渕健一裁判長は28日、求刑通りの無期懲役を言い渡した。
 判決などによると、H被告は02年11月29日午後7時ごろ、I・Kさん(当時84)方に侵入し、Iさんの頭や顔などを木刀などで殴り、包丁で腕を切るなどして財布から現金2万8000円を奪い逃走。Iさんは翌日に死亡した。
 H被告は逮捕後、犯行を認めたものの、弁護側は『過酷な状況下での取調べで自白を強要された』と無罪を主張。指紋がなく、被告の衣服からも血痕が未検出で物証に乏しく、自白の信ぴょう性が争われていた。
 永渕裁判長は判決で、『弁護士に納得できない調書に署名しないように助言されながら、多数の自白調書の作成に応じている』と指摘。犯行動機、犯行時刻など多くが他の証拠と一致すると自白の信ぴょう性も認め、「犯人であることは明らか」と結論づけた。」

 なにがまたか?
 それは、捜査段階の被疑者取調べが一向「可視化」されないもどかしさである。それを探るのには、裁判の記事のみではたりない。被告人がどうやって捕まり、自白したのかが問題だ。

■窃盗逮捕勾留、殺人取調べ

 02年11月、高知市十津で当時84才の独居男性老人が殺害され、現金などが奪われた。
 捜査本部が設置されて、おそらく「地取り捜査」がなされたものだろう、やがて、老人がある市道際のベンチによく集まるが、その一人の女性老人がキャッシュカードを盗まれた上15万円を盗まれた、という。
 捜査本部は、この情報を本件殺人事件に関する周辺捜査ー地取り捜査段階で聞き込んだようだ。但し、事件は、01年4月のことだという。しかも、犯人はその後もベンチ周辺に表れ、被害者もなんどか返金を催促していたという。
 それが、被告人であった。
 被害者は、02年12月29日付けで被害届を出している。おそらくは、警察側が相当の働きかけをしたものであろう。
 そして、捜査本部は、被告人をターゲットとする足取り捜査などを遂げたものと推測される。このあたりは、新聞記事にもないので定かではない。
 03年1月14日、この窃盗事件で被告人は逮捕される。そして、窃盗事件、自白。1月24日、起訴。
 03年1月30日、窃盗事件での起訴後勾留が続く中、さらに強盗殺人事件で逮捕され、2月1日からは強盗殺人でも勾留される。そして、2月20日に起訴されている。その間に、詳細な自白がある。

 強盗殺人事件。本命。その解決が行き詰まったとき、犯人の見込みをつけて、別件で身柄を押さえる。そして、徹底した取調べで自白を迫る・・・・数々のえん罪を生んだ我が国特有の捜査手法ー『別件逮捕勾留』である。それは、当然に、本命=本件の取調べを狙ったものだ。

■取調べ可視化ービデオ録画の導入

 実際のところ、被告人が、警察署での取調べ室で、警察官の根気よい説得にまけて、「実は、、、」と語ったのかも知れない。逆に、被告人が公判廷で述べたように、長時間にわたり、かなり厳しい追及を受けた結果、精神的に根負けして、警察のいいなりの自白をしたのかもしれない。
 一度、自白する立場にたてば、事件の内容は、警察官の誘導によってあたかも本人がみずから語った形を整えて、調書を作ることなど簡単だ。
 問題は、その自白がなされていく過程が、みえないことだ。

 強盗殺人。重大な事件。本人が認めていない。そんな事件では、公判廷で自白の証拠能力が争われることは容易に推測できる。であれば、警察は、公判をにらんで、取調べのプロセスをあとで裁判所にみてもらえるように、録画しておくことがもっとも適切な対処方法だ。
 また、説得して自白させるー反省・悔悟こそ取調べの理想だと法務省・警察庁が信じるなら、なおのこと、「犯罪を悔いるということは、裁判の場で、国民みんなの前でしっかりと反省の言葉を語るということだ」と説得すべきことだろう。内緒の反省は、刑事裁判反省ではない。刑事には反省するが、そえrを裁判では隠す、、、そうもいくまい。

 ■ オーストラリアの取調べ可視化

シドニー市ロック警察署外観

 オーストラリア、ニュー・サウス・ウエールズ州ではながい間、警察の実務に「verbal」と呼ばれる悪しき警察慣行があった。
 「自白のでっち上げ」である。
 取調べをして被疑者が述べてもいない内容を話したことにする、同僚もこれを聞いたことにする、場合によって白紙調書にサインをさせる、、、
 そんなえん罪を生む構造が刑事警察の状態になっていた時代が長く続いた。これを脱却するため、数次の調査を踏まえて、最後に1997年にまとめられた『ニュー・サウス・ウエールズ州警察業務に関する王立委員会最終報告書』で、すでに運用上導入がはじまりつつあった、『ERISP』ー取調べビデオ録画装置の正式導入を勧告した。

 シドニーといえば、高橋尚子がマラソンで金メダルをとった地である。オペラハウスのあるロック地区は、大勢の日本人観光客でにぎわう。その地区を管轄するロック警察署は、観光街のまっただ中に建つ煉瓦作りの建物だ。看板に注意を払っていないと、見逃すような概観。
 2004年11月、日弁連の調査団とともにここを訪問。
 被疑者取調べ可視化の現状調査のためだ。そして、取調べ室で、実際に『ERISP』による模擬取調べを実施してもらった。

取調べ室とERISP

 ことは簡単だ。
 取調べは、警察官の働きかけによって自白・供述という証拠が被疑者の口からでてくる。証拠を集めるプロセスは適正でなければならない。ことに、供述は、働きかけ方の適否によってうそが容易に交じる。だから、後で法廷でそのプロセスを吟味できるようにしておかなければ、有罪・無罪の証拠に使えない。
 取調べが適正であること、これは客観的に明らかにすれば足りるー取調べは録画すべきだ。録画なき自白は、任意性がないとみればよい。

 裁判員による裁判がはじまろうとしている。
 不毛の証言争いー取調べ室を密室化しておいて、裁判の場で、取調官の言動を記憶とことばで再現する、、、そんなばかげた立証方法を、東大や京大を出た優秀な法律家達がしかつめらしく、もっともらしく聞いている。
 100年後の法制史家は、必ず言うー「ソニーを生んだ日本では、法律家が最後までかたくなに裁判のIT化を拒み続けた」。
 市民が考えれば、すぐにわかることだー「取調べを可視化すれば済む」。

刑事の足下のビデオデッキ